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和歌山地方裁判所 昭和44年(わ)128号 判決 1974年5月15日

被告人 内田利司

昭八・三・五生 会社役員

主文

被告人を罰金二、五〇〇万円に処する。

右罰金を完納することができないときは、金三万五、〇〇〇円を一日に換算した期間被告人を労役場に留置する。

訴訟費用は被告人の負担とする。

理由

(罪となるべき事実)

被告人は和歌山市中之島一四五番地に所在する内田産業株式会社の代表取締役である他数会社に代表取締役あるいは取締役として関与し、あるいは自ら個人としても不動産および株式の売買等に手を染め巨額の利益を得ていたものであるが、自己の所得税を免れようと企て

第一  昭和四一年一月一日から同年一二月三一日までの被告人の総所得金額は三、六五二万四七二八円でこれに対する所得税額(税額控除、源泉徴収税額を控除した額、以下同じ)は八、九一一、二〇〇円であったにもかかわらず、右総所得のうち給付所得等については内田安津子らの他人名義に分散して申告し、譲渡所得の一部については架空名義の定期預金を設けて隠匿する等の方法により昭和四二年三月一五日所轄和歌山税務署長に対し昭和四一年分の自己の総所得は一四九二万六九五円でこれに対する所得税額は四七万二〇〇円(内田安津子らの他人名義をもって申告した税額は七七万四九〇〇円)である旨記載した虚偽の所得税確定申告書を提出し、もって不正行為により正当税額と申告税額(右内田安津子らの名義で申告している分も被告人名義で申告したものとみなす)との差額七六六万六一〇〇円を逋脱し

第二  昭和四二年一月一日より同年一二月三一日までの総所得金額は一七、五一一万二、二七四円でこれに対する所得税額は一〇、二三六万八、三〇〇円であったのにかかわらず、給付所得等については前同様の方法により譲渡所得および雑所得のうち株式の譲渡益については非課税であるとして申告書の記載から脱漏させる方法により、昭和四三年三月一五日前記和歌山税務署長に対し昭和四二年分の自己の総所得金額は三、五四五万七、七三五円でこれに対する所得税額は八四六万二、四〇〇円(内田安津子らの他人名義をもって申告した税額は一、四五五万円)である旨記載した虚偽の所得税確定申告書を提出し、もって不正行為により正当税額と申告税額(右内田安津子ら名義で申告している分も被告人名義で申告したものとみなす)との差額七、九三五万五、九〇〇円を逋脱したものである。

(証拠の標目)(略)

(弁護人の主張に対する判断)

弁護人は、後に詳述するように四二年分の所得について

1  株式の譲渡益のうち譲渡所得にあたるものについては法九条一一号八同法施行令二八条一項に規定する課税の要件である過去三年開発行済株式総数の二五%以上を譲渡したという点においてすでに要件に欠けている、雑所得に該当する分については法九条一項一一号イ同法施行令二六条の年間売買回数五〇回以上の要件をみたしていない。したがってこれらの部分については非課税でありほ脱犯は成立しない。

2  仮りに右のような要件を充足していたにせよ、被告人はそのような要件にあたるものと誤解していたものであるから犯意を欠くものである。

旨主張している。

そこで、これらの点について検討を加えることにする。

一  株式の売却益に対する課税の経過について

有価証券の譲渡による所得は、昭和二二年の所得税法の改正により課税されることとなったが、その所得の把握が困難でごく一部のまじめな申告に依存していたにすぎず、課税の把握が困難でごく一部のまじめな申告に依存していたにすぎず、課税の公平を期しがたい状況にあったこと、さらに税務調査の徹底をはかれば証券市場に与える影響が大きいことを考慮し、資本蓄積を急務とする経済的要請から、健全な証券市場の育成を図るために、昭和二八年以降一般的に非課税とされることになった。しかしその場合であっても、有価証券の譲渡が継続的に行なわれ、そのためにその所得が事業所得または雑所得に該当するときは、規定上明確ではなかったけれども税務当局により事業または雑所得として引きつづき課税されていたものである。

しかしながら、有価証券の譲渡による所得、とりわけ株式を大量に市場で買い占め不当に株価をつり上げて株式の発行会社等に肩代りさせ巨利を得る場合や、有価証券の譲渡所得の非課税措置に乗じて、土地等を現物出資して株式を取得し、これを売却する方法等により土地等の譲渡所得課税を回避する事例がみられ、このような場合にはその非課税の非合理性が顕著であるので、昭和三六年の税制改正によりこれらに対して課税されることとなり、それと同時に、前記のように有価証券の譲渡が事業あるいや雑所得にあたる場合は従前から課税の対象とされていたのであるけれども、そのこととその範囲を法令において明確化されるに至ったものである。(昭和三五年一二年税制調査会第一次答申及びその審議の内容と経過の説明三六五たいし三六七頁)(当時の所得税法六条六号)そしてそれがそのまま現行の所得税法(昭和四〇年法律三三号による現行所得税法九条一一号)に及んでいるのである。

二  有価証券(株式)の譲渡による所得が、譲渡所得に該当する場合の課税について

現行所得税法のもとにおいても一般的には非課税であることは明白である。(法九条一項一一号本文)しかしながら

(一) 同一銘柄の有価証券を相当数買い集め、その所有者たる地位を利用して、当該有価証券をその発行法人又は役員、主要な株主若しくは社員(有価証券を買い集めた者からその有価証券を取得することによりその発行法人の主要な株主又は社員となることとなる者を含む)、およびこれらの者の親族等(以下特殊関係者と称する)に対し、又はこれらの者若しくはその依頼する者のあつせんにより売却する所得で、証券取引所又は証券業協会がその会員に対し株価の高騰の原因と認められる相当数の株式の買集めがあり、又はその疑いがあるものとしてその売買内容の報告を求めた場合における当該株式その他これに類する買集めの対象となった株式等につき、その買い集めを行なった者が、その所有者である地位を利用して、これらをその発行法人若しくは特殊関係者に対し、又はこれらの者若しくはその依頼する者のあつせんにより売却することにより生ずる所得(法九条一一号ロ、同法施行令二七条―昭和四一年政令七三号による改正後のもの―)

(二) (1)事業又はその用に供する資産の譲渡に類似するものとして命令で定めるもの、すなわちその年以前三年内のいずれかの時において、その株式又は出資に係る発行法人の特殊関係株主等(株主および株主の親族、事実上の婚姻関係にある者、株主の使用人等)がその発行法人の発行済株式の総数又は出資金額の百分の五〇以上に相当する数又は金額の株式又は出資を有し、かつ、(2)その株式又は出資の譲渡をした者がその特殊関係株主等であり、その年において、その株式又は出資の譲渡をした者を含む発行法人の特殊関係株主等がその発行法人の発行株式の総数又は出資金額の百分の一〇以上に相当する数又は金額の株式又は出資の譲渡をし、かつ、(3)その年以前三年内において、その発行法人の発行済株式の総数又は出資金額の百分の二五以上に相当する数又は金額の株式又は出資の譲渡をしたことによる所得(法九条一項一一号ハ同法施行令二八条一項)

については課税されることになっているのである。そしてこれらの立法趣旨は一で述べた通りである。

(三) 和染工業株式の売買について

(証拠略)を総合すれば、和染工業の株式の売買につき次の事実が認められる。

(1) 昭和四二年一月一日現在の被告人の持株一〇万三六七〇株

(2) 同年三月二九日内田産業に全部売却(一株四〇〇円、合計四一四六万八〇〇〇円)

(3) 同年四月二七日吉田豊を通じ帯谷正次郎から一五万一四〇二株と一四万一八三二株購入(一株二六五円合計七、七七〇万七〇一〇円)

(4) 同年五月二日吉田豊を通じ川口正明から一九万九二二一株購入(一株三〇五円合計六〇七六万二四〇五円)

(5) 同年五月一九日藪内亀太郎から八万三八株購入(一株二三五円、合計一八八〇万八九三〇円)

(6) 同年五月二五日吉田豊を通じ福島佐一郎から九万五三三二株購入(一株二六〇円合計二、四七八万六三二〇円)

(7) 同日吉田豊を通じ有本亀太郎から三万一〇〇株購入(一株二三五円合計七〇七万三五〇〇円)

(8) 同年七月七日伊藤万から二九万三三三二株購入(一株一三二円九五銭合計三九〇〇万円)

(9) 同年七月一一日高橋通夫に一〇万株売却(一株二五二円合計二五二〇万円)

(10) 同年七月一三日吉田豊から五五〇株購入(一株三〇〇円、合計一六万五〇〇〇円)

(11) 同年七月一九日吉田豊から三一〇〇株購入(一株二七〇円合計八三万七〇〇〇円)

(12) 同年七月二〇日内田産業に一九万九七七一株売却(一株二六五円合計五二九三万九五一五円)

(13) 同日内田産業に三一〇〇株売却(一株二六五円合計八二万一五〇〇円)

(14) 同日内田産業に四万五〇〇〇株売却(一株二六五円合計一一二六万二五〇〇円)

(15) 同年九月三〇日ライオンかとりに八万株売却(一株三三〇円合計二六四〇万円)

(16) 同年一二月四日高橋通夫から五万株購入(一株二五二円合計一二六〇万円)

なお、昭和四二年一二月末日現在の和染工業の資本金は八〇〇〇万円、発行済株式総数一六〇万株であった。したがって右(8)の伊藤万から二九万三三三二株を購入した時点において被告人の持株が、九九万一二五七株に達しその過半数を越えたことになる。又四二年中の譲渡株数の総数は五二万五三七一株であり発行済株式総数の三二・八%となる。さらに右(4)の購入資金六〇七六万二四〇五円のうち二二二八万六三二〇円および(5)の七〇七万三五〇〇円のうち六五七万三五〇〇円は簿外預金から支出されているものである。さらに右(16)の高橋通夫からの買入れは(9)の同人に対する一〇万株の売却とは直接の関係をもたず同人の居宅の改築資金が必要になったという事情が生じたため同人が被告人に申入れをして売買が成立したものである。

(四) 和染工業株式の譲渡による所得についての課税関係について

右にみてきたように、被告人は和染工業株式を相当大量に買い集めたこと、少くとも前記高橋通夫は和染工業の前記の特殊関係者に該当するので同人に売却した分については、前記二の(一)所得(法九条一一号ロ)として課税の対象になるのではないかの疑いが生じるが、右(三)でみたところでは被告人の買集めによって株価が高騰し、そのため被告人が巨利を博したとは認められないから、右法条(法九条一一号ロ)によっては被告人に課税されるべき所得があったとすることが出来ない。(この点については検察官も積極的に主張していない)しかし、前記のように被告人の和染工業の持株は昭和四二年七月七日現在で九九万余株に達して発行済株式数の過半数をこえたこと、四二年中の譲渡株数の総数は五二万五三〇〇余株で二五%を超えていることから前記二の(二)の要件を満し、したがってその譲渡益は課税される(法九条一一号ハ)というべきである。

この関係について弁護人は、前記(三)の(9)の高橋通夫に対する一〇万株の売却と(16)の高橋通夫からの五万株の買入れは、同一年中の取引であること、単価が同一であることからして後者は前者の一部取消しとみるのが相当であること、2前記(12)の内田産業への一九万九七七一株と(13)の同社への三一〇〇株の売却と(14)の内田物産への四万五〇〇〇株の売却はこれはすべて(3)の帯谷正次郎から買受けた一五万一四〇二株及び一四万一八三二株のうちから右の各数に相当する株式を夫々内田産業および内田物産が実際は買受けたものであるのに被告人が一応買受けたもののようにしておいて後で右会社らに振替えたものであること、したがって三年間一〇〇分の二五以上の取引という点においてすでに課税の根拠を欠く旨主張している。

しかし右1の主張については、なるほど、同一年内に同一人に株式を売却しその一部をまた同一単価で買戻したのであるから、買戻した部分を売却した数から差し引くべきであるという弁護人の主張には一理はあるけれども、弁護人も述べているように被告人が高橋に一〇万株売却した後で全く新たな事情が生じて高橋の求めにより被告人が買戻したのであるからそれを前の売買の一部取消であると解することにはいささか無理があるといわざるを得ない。2の主張については七月二〇日内田産業に売却した一九万九七七一株は株数からみて五月二日に吉田豊から買い受けた一九万九二二一株と七月一三日に同人から買い受けた五五〇株を合計したものとみられ、七月二〇日に同社に売却した三一〇〇株は七月一九日に右吉田から買い受けた三一〇〇株であるとみられることからしてその相当部分が四月二七日から帯谷から買い受けた株式ではないとみられること、帯谷から買い受けた株式買受代金七七七万七〇〇〇余円のうち七二八万三〇〇〇円は簿外支出されていること、被告人自身右会社らに対する売却を後記の雑所得の課税の成否を決する株式売買の回数計算に入れ従って被告人個人がその当事者であると考えていた形跡があることさらに会社の会計処理が当初から前記(三)で述べたように内田個人が帯谷から買い受け、また内田個人から内田産業あるいは内田物産に売却したことになっていた事実を併せ考えればやはり弁護人の右振替の主張も採用することが出来ない。

三  有価証券(株式)の譲渡による所得が雑所得あるいは事業所得に該当する場合の課税について

(一) 継続して有価証券を売買することによる所得(所得税法九条一項一号イ)、すなわち有価証券の売買による所得が課税所得となるための要件は同法施行令二六条に規定されているところである。

すなわち同条一項によれば、「‥‥有価証券の売買を行なう者の最近における有価証券の売買の回数、数量又は金額、その売買についての取引の種類及び資金の調達方法、その売買のための施設その他の状況に照らし、営利を目的とした継続的行為と認められる取引から生じた所得」については課税されるべきものとしている。したがって右の諸々の取引の事情を検討して結局営利を目的とした継続的行為と認められれば課税されるわけであるが、その判断はそれ程容易ではない。

そこで同条二項には、

(一) その売買の回数が五十回以上であること

(二) その売買をした株数又は口数の合計が二十万以上であること

の二つの要件を満した場合には、同条一項に規定する右に述べた取引の状況を斟酌することなく課税されるものとしているのである。

しかしこれにより問題がすべて解消されて了ったわけではない。

すなわち右(一)の売買の回数の数え方に問題が存するのである。一般人が株式を買入れあるいは手持のそれを売却するときは、多くは証券業者に委託しているのが実情であるが、その方法によった場合右の売買の回数は

(1) 委託にもとづく証券業者の取引毎に数えるか

(2) 委託契約毎に数えるのか

問題の存するところである。

(1)の考え方については顧客が一回で注文をしても、証券業者の規模によりあるいはその日の場の状況等により委託にもとづく証券業者の取引が一回あるいは数回にも分けて行なわれることがあり、それにより回数が異なって数えられることになるとそれを課税の根拠とするには如何にも不安定である。

そこで

(2)の考え方に従うということになるが、その委託の内容は銘柄はもちろんのこと、株数等によってその内容が特定されていることを要するものと解すべきである。けだしそのようなことも特定していないのにもかかわらずそれをここでいう委託であるとみると、大規模且つ継続的な取引による利益を課税の対象としようとする法の趣旨を没却して了うことになるからである。そしてこのような包括的な委託にもとづき数回にわけられて取引が行なわれた場合にはそれはここでいう委託行為とは認められず取引の成立毎に回数を数えるのが正当である。

(二) 本件株式取引の売買回数について

これについての検察官の主張は、脱税額計算書説明資料付表10(検11号証)に記載しているとおりである。すなわち同付表によれば被告人の昭和四二年における株式売買取引(すでに譲渡所得として計上ずみのものは除く)の回数は七九回になるというのに対し弁護人は四二回であると主張するのでこの点について検討する。

(1) 石塚証券関係(奥浜良造名義で伊藤万の株式を買い受けたものも含む)

弁護人は、少くとも昭和四二年五月以降のライオンかとり、伊藤万などの株の買付けは株数および価格について証券会社に一任してなしたものであることは明らかであり、そうであるとすると石塚証券を通じて行なった被告人の株の取引回数は同年二月二〇日の一回及び五月一五日、同月三一日を一括した一回、六月以降のライオンかとり、伊藤万の買付けを包括した一回、六月一二日の松下精工の株の売渡しの一回、九月以降本州化学、住友化学、三洋電機などの株を買付けたのを包括した一回の合計五回ということになり検察官の主張する二八回とは大巾に相異する。さらに奥浜良造名義での伊藤万の取引については石塚証券との取引の中に包括されてよいと考えるのでこれについては検察官の主張よりも四回減ということになる旨主張している。

そこで(証拠略)を総合すると次の事実が認められる。

すなわち、伊藤万およびライオンについては被告人は石塚証券の外交員奥浜昌俊に対し株数の具体的な指示をせずにどんどん買付けて欲しいと注文をして、それにもとづいて奥浜が少しづつ買入れて売買取引が出来たたびに被告人に電話報告をなしあるいは必ず売買伝票を被告人に送付して通知していたものである。奥浜良造名義で伊藤万を買入れた分についても名義を架空人に前記奥浜がしただけのことであり、実体は全く同様である。本州化学、三洋電機、住友化学については取引日が非常に接近していることなどからみて被告人が供述しているように被告人から奥浜に株数や単価を指定して一括注文したものと認定するのが相当である。さらに和歌山相互銀行株についてはそれだけを注文したものであり松下精工については六月一二日の伊藤万と一括して注文したものと認める。

そうすると、伊藤万およびライオンについては日にちを異にする売買取引を一括して一回と勘定する証券業者への委託行為の成立を認めることが出来ないから、結局同一日毎に委託行為があったと推定され、それにより回数を算えることになり、本州化学、三洋電機、住友化学については一括して一回であり、和歌山相互は独立して一回となりさらに松下精工は伊藤万に吸収されて了うことになる。したがって結局石塚証券関係では二六回である。

(2) 上山隆司関係

弁護人は、被告人は当初から紀陽銀行の株の買集めということを意識的に追及していたのであり、品薄株であることと上山が大塚証券の鈴木という人と懇意であったため、上山の手を介して買付けたものであって一月一二日、同月二一日、同月一七日、同月二八日(以上いずれも取引日)の紀陽銀行の株の取引は包括的にみて当然一回と考えられて然るべきものである旨主張している。

(証拠略)を総合すると、被告人は紀陽銀行株を集めるため上山隆司に同銀行株を集めて欲しい旨依頼し、それにもとづき上山は大塚証券の鈴木、大和証券のマツナその他色々知り合いに頼んでいたところ一月一二日大塚証券から一〇〇〇株、一月二一日に日興証券から三四〇〇株、二月一七日に大塚証券から六〇〇〇株(証券会社の帳簿上は上山が買主)、二月二八日に同証券から四〇〇〇株を被告人が買受けたことは認められるけれども、日にちを異にする売買取引を包括して一回とする証券業者への委託行為の成立を認めることが出来ない。そうすると上山隆司関係では四回ということになる。

(3) 吉田豊関係

弁護人は、和染工業の取引は、もともと包括的に多数買いたいとの被告人の求めに応じて吉田が売ったものでありライオンかとり花王石けん、住友化学も又同様であってその間一〇日前後のずれはあっても一回の注文によるものと解すべきである。又紀州綿業、金英除虫菊、内外除虫菊、東亜ネルの株の取引は一括しての売却であることは明らかである。そうだとすると吉田豊関係では四月二七日、五月二日、同月二五日、七月一三日、同月一九日の和染工業の株の取引は包括して一回であると考えられ、又五月一二日、同月二五日、同月二九日の東亜ネル紀州綿業、金英除虫菊、内外除虫菊等の四つの会社の株の取引は全体として一回とされるべきであり、同様の関係で六月二日のライオンかとり株の買付けは六月一三日のものと一括して一回の取引と考えられるべきである旨主張している。

(証拠略)を総合すると次の事実が認められる。

和染工業株については被告人から吉田に対しそれを集めて欲しい旨を概括的に依頼しそれにもとづいて吉田が心当りを次々とたずねて回り四月二七日には一五一、四〇二株と一四一、八三三株、五月二日には一九九、二二一株、五月二五日には九五、三三二株と三〇、一〇〇株、七月一三日には五五〇株、七月一九日には三、一〇〇株を複数の者から買取り被告人に引渡している。ライオンかとり等については被告人は吉田の仲介により黒川証券から六月二日と同月一三日にライオンかとり一一、五〇〇株、六月一三日に花王石けん一〇、〇〇〇株と五、〇〇〇株、同日住友化学一〇、〇〇〇株を買受けているけれども、これは日にちが接着していること等からみて黒川証券に対して銘柄株数単価等を指定して委託したものとみるべきである。内外除虫菊、紀州綿業、金英除虫菊については五月五日に一括して被告人から吉田に売却されたものであり東亜ネルについてはこれらとは別に吉田に売却されたものと認められる。

そうすると和染工業株については証券業者に委託したものではないから一回の委託行為に個々の取引が包摂されるという理由づけが出来ないうえさらに被告人が吉田に依頼して時に、その時点でその後のすべての取引を包括する売買契約があったとすることは出来ない。したがって和染工業の関係では五回と認めるべきである。そしてライオンかとり、花王石けん、住友化学の関係では一回、内外除虫菊、紀州綿業、金英除虫菊の関係では一回、東亜ネルで一回数えられる。したがって結局吉田豊関係では八回である。

(4) 小嶋祥作関係

弁護人はこの関係で三回と計算されている伊藤万の株の取引は一回である旨主張しているのでこれについて検討する。

(証拠略)を綜合すると小嶋は被告人からたのまれて大阪屋証券に伊藤万株の買入れを委託しそれにもとづき九月一三日二万株、九月一六日一万五〇〇〇株、九月二〇日一万五〇〇〇株の取引が出来たこと、いずれも取引日が接着していることなどからすれば右の委託行為は株数単価等においてほぼ特定されていたものと認むべきである。そうであるとすればこの関係においては一回とされるべきである。

(5) 高橋通夫関係

弁護人は一二月二八日の高橋通夫からの和染工業株五万株の買入れは前記のように一部取消とみられるべきものであるから当然回数計算から除外されるべきものである旨主張するが、この点については前に述べたように一部取消ではなく新たな買入れとみるべきものであるので、弁護人の主張は採用しない。

(6) その他

前記脱税額計算書説明資料付表10(検11)によれば内田産業に対して三月二九日に和染工業を一〇万三六七〇株売却したのも回数計算の基礎に置くかの如き記載がみられるが、これは前記二の(三)の(2)により明らかなようにこれは譲渡所得の計算の中に含めているのでこれを回数計算に算入するのは失当である。

(7) 結び

以上により、雑所得にあたる場合の株式の譲渡の明細は別紙のとおりであり、その回数は都合七〇回であると解すべきであるから前記所得税法施行令二六条二項の要件を満し、その譲渡益については課税されることになり、この点についての弁護人の主張は失当であり採用することが出来ない。

四  犯意について

租税犯においてもこの点の考え方について他の行政犯罪と異なるところはないものと解される。

すなわち、行為者が当該構成要件に該当する存在的事実を当該構成要件とは無関係な事実であると誤認したときには、事実の錯誤となり故意を阻却すると解すべきであるが、当該存在的事実を認識しながら、それが法律の不知ないし誤解により可罰的違法性のある事実であることについての評価の面において誤解していたときには、通常人であれば当該事実の認識によって、当然に違法性の意識の喚起が期待されるところであって、故意の成立が肯定されるものとみるべきである。ただ右の法律の不知ないし誤解について相当の理由がある場合には違法性の意識の可能性がなかったものとして故意の成立が否定される場合があることに注意をしなければならない。

これについて本件をみれば、被告人は株式の譲渡益による所得が存在することを十分認識したものであり、ただ所得税法及び同法施行令の誤解からそれが課税の対象となるべき所得にあたるということを知らなかったにすぎないことに帰するから法律の錯誤に該当するものというべきであり、又被告人の右法条の誤解は被告人の独断的な法の解釈にもとづくものであって相当の理由があったものとは言えないから結局故意の成立を否定することが出来ず、この点についての弁護人の主張は理由がない。

(法令の適用)

一  罰条、所得税法二三八条一項二項、一二〇条一項三号(罰金刑選択)

二  併合罪の加重、刑法四五条前段、同法四八条二項

三  労役場留置、同法一八条

四  訴訟費用の負担、刑事訴訟法一八一条一項本文

(刑の量定について)

本件について罰金刑を選択したのは主に次のような理由にもとづくものである。

第一に株式の譲渡益について多大の問題を含んでいたということである。すなわち譲渡益のうち譲渡所得にあたる分つまり和染工業株の譲渡について被告人があらかじめ所得税法施行令二八条一項の規定をよく研究し周到な譲渡計画をたてそのもとに行動していたら被告人のあげた利益に近い額の利益をおさめていたとしても法律上正当に課税を免れていたということである。それから雑所得に該当する分についても、若し被告人が所得税法施行令二六条の規定について独自の解釈をすることなくいわゆる証券会社への委託行為について正しい解釈を知っていたならそれに適合するような委託行為をし容易に正当に課税を免れ得たはずのものである。そしてこの株式の譲渡益について若し課税されないとすると四二年分のほ脱額のうち実に六一%の四七八〇万四四〇〇円についてほ脱が成立しないことになる。これを裏返していえば税法の不安定さを示すものと言えるが、被告人は後に述べるようにこの部分についても多額の本税および加算税を支払っており、いずれにしてもいささか割り切れない感じを消しさることは出来ないのである。第二に被告人は、右にみたように株式の譲渡益の課税について容易に納得しがたい気持をいだきながら本件の更正処分そのものについては争わず四一年分と四二年分を併せて本税と加算税で一億三二三五万余円をすでに納付ずみであり相当手痛い法律的制裁を受けているのである。第三に被告人は従前から社会事業にも相当関心を示しその方面にも力を尽してきていることが窺われるし、さらに本件について被告人はよく反省し改悛の情を示し、周囲の者をも含めて今後このような問題を引き起さないように方策を研究していることが認められるので再犯のおそれはないと考えられる。

そこで、右の諸点を考慮し、被告人が資産家としてこれから社会経済の発展に一層寄与貢献し脱税の汚名をそそぐことを期待してあえて罰金刑を選択することにするが、右に述べたような事情が認められるにせよ結局脱税額の認定が多額であること、その後の経済情勢の変動が相当大きいことその他同種事犯との権衡をも考え併せ主文記載の罰金額が相当であると認める。

よって主文のとおり判決する。

別紙 株式取引回数一覧表

番号

委託証券会社ないし相手方

取引日

(約定日)

決済日

種別

銘柄

株数

回数

1

石塚証券

42.2.10

42.2.20

ライオンかとり

500

1

2

4.28

5.15

2,000

2

3

500

4

5.2

500

3

5

1,500

6

5.8

和歌山相互銀行

1,200

4

7

5.17

5.31

ライオンかとり

1,000

5

8

3,500

9

500

10

500

11

5.19

2,000

6

12

5.27

1,000

7

13

6.8

6.14

3,000

8

14

6.10

6.19

伊藤万

6,000

9

15

6.12

5,000

10

16

27,000

17

6.15

松下精工

2,000

18

6.14

6.19

伊藤万

10,000

11

19

6.15

6.24

11,000

12

20

6.19

32,000

13

21

32,000

22

6.22

6.30

8,000

14

23

22,000

24

6.24

ライオンかとり

500

15

25

1,000

26

6.27

伊藤万

8,000

16

27

6.30

7.8

ライオンかとり

500

17

28

1,000

29

伊藤万

1,000

30

2,000

31

7.1

1,000

18

32

ライオンかとり

500

33

7.3

伊藤万

7,000

19

34

7.4

1,000

20

35

1,000

36

7.10

7.21

1,000

21

37

7.15

1,000

22

38

8.5

8.16

1,000

23

39

8.7

2,000

24

40

8.11

8,000

25

41

9.21

9.29

本州製紙

500

26

42

住友化学

10,000

43

三洋電機

1,000

44

9,000

45

9.26

9.30

本州製紙

2,500

46

1,000

47

9.28

10.5

本州化学

1,000

48

5,000

番号

委託証券会社ないし相手方

取引日

(約定日)

決済日

種別

銘柄

株数

回数

49

大塚証券

1.12

1.26

紀陽銀行

1,000

27

50

2.28

3.4

4,000

28

51

上山隆司

2.17

2.17

6,000

29

52

日興証券

和歌山支店

1.21

1.21

3,400

30

53

鈴木証券

3.9

3.11

花王石けん

10,000

31

54

ナショナル証券

3.8

3.9

朝日電器

12,000

32

55

明光丸ヤ証券

3.9

3.14

三洋電機

15,000

33

56

中川電機

5,000

57

3.25

3.29

花王石けん

4,000

34

58

黒川証券

6.29

7.4

10,000

35

59

7.6

7.14

伊藤万

1,000

36

60

7.10

ライオンかとり

15,000

37

61

江口証券

7.5

7.11

本州化学

10,500

38

62

2,500

63

2,000

64

伊藤万

30,000

65

9,000

66

21,000

67

野村証券大阪支店

(小島祥作名義)

9.30

10.3

60,000

68

〃和歌山支店

11.18

11.18

三和銀行

10,000

40

69

吉田豊

4.27

4.27

和染工業

151,402

41

70

141,832

71

5.2

5.2

199,221

42

72

5.25

5.25

95,332

43

73

30,101

74

7.4

7.4

三和銀行

5,000

44

75

7.13

7.13

和染工業

550

45

76

7.19

7.19

3,100

46

77

8.24

8.24

新和歌遊園

7,000

47

78

10.3

10.3

東洋開発

2,000

48

79

11.8

11.8

大和地所

1,200

49

80

5.12

5.12

東亜ネル

11,000

50

81

5.25

5.25

紀州綿業

4,000

51

82

5.29

5.29

金英除虫菊

7,960

83

内外除虫菊

14,000

84

85

黒川証券

(吉田豊が仲介)

6.2

6.2

ライオンかとり

11,500

52

86

6.13

6.13

5,000

87

花王せっけん

10,000

88

5,000

89

住友化学

10,000

90

9.1

9.1

三共生興

2,500

53

91

丸紅飯田

20,000

92

兼松江商

10,000

93

東洋紡績

30,000

94

和染工業

6.1

6.1

ライオンかとり

100,000

54

95

6.5

6.5

和歌山起毛

3,000

55

96

8.18

8.18

伊藤万

261,000

56

97

8.24

8.24

新和歌遊園

7,000

57

98

10.12

10.12

三共生興

2,500

58

99

丸紅飯田

20,000

100

兼松江商

10,000

101

東洋紡績

30,000

102

高橋通夫

7.11

7.11

大和地所

1,200

59

103

12.4

12.28

和染工業

50,000

60

104

大阪屋証券

(小島祥作仲介)

9.16

9.16

伊藤万

20,000

61

105

9.19

9.19

15,000

106

9.23

9.23

25,000

107

高垣良一

7月

7月

20,000

62

108

松村いと

12.1

12.1

和歌山染工

1,500

63

109

陽和地所

3.9

3.9

紀陽銀行

9,600

64

110

伊藤万

7.7

7.7

和染工業

293,332

65

111

石塚証券

(奥浜良造名義)

7.21

7.21

伊藤万

2,000

66

112

薮内亀太郎

5.19

5.19

和染工業

80,038

67

113

佐竹静雄

7.12

7.12

大和写真型

50,000

68

114

東洋開発

8.26

8.26

ライオンかとり

20,000

69

115

内田産業

3.29

3.29

270,081

70

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